森 千里:胎児の複合汚染―子宮内環境をどう守るか 中公新書

胎児の複合汚染―子宮内環境をどう守るか (中公新書)

胎児の複合汚染―子宮内環境をどう守るか (中公新書)



●レビュー内容内容(「BOOK」データベースより)

環境ホルモンの野生動物への影響が話題となって久しいが、今や、子宮内の胎児までもが複数の環境ホルモンに汚染されていることが、著者らの研究からわかってきた。アメリカでは近年、ある種の先天異常の発生率が上昇しており、その原因として複合汚染が考えられている。本書は環境ホルモンのヒト、とくに胎児への汚染の実態を明らかにし、次世代に取り返しのつかぬ影響を与えないための環境予防医学を提唱する。


●目 次

第1章 次世代に対する責任と義務/第2章 広がる化学物質汚染/第3章 新しい化学物質汚染としての環境ホルモン問題/第4章 野生動物への複合曝露影響―ヒトへの影響の前兆/第5章 ヒトへの影響/第6章 子宮内環境への影響/第7章 微量化学物質汚染への対応策/第8章 胎児を基準にした環境予防医学


●読書のポイント

「複合汚染」といえば、有吉佐和子の小説を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。確かに、本書は「沈黙の春」「奪われし未来」、そして「複合汚染」などの化学物質による環境汚染を扱った一連の書籍の流れをひく学術新書と見ることができます。

本書を開くと、目次に続いて、「アンドロメダ星雲の写真」と「卵胞細胞に包まれたマウスの卵細胞の蛍光顕微鏡写真」とが掲載され、そこには次のように書き示されています。

秘境は宇宙だけではない。ヒトの発生についての研究は科学における次の秘境である。(「あとがき」より)

なんだか、謎めいた書き出しで始まっている本ですが、環境ホルモンの問題の現状と将来について、医学的立場からキメの細かく解説されています。タイトルは「胎児の複合汚染」ですが、言及範囲は広範にわたっています。化学物質汚染全般にも目が向けられており、その中での環境ホルモンの位置づけや野生動物への影響、ヒトへの影響、そして子宮内環境への影響と読み進むことができ、冷静な目で見た専門家としての見解が見事に披露されています。

少量摂取ならば健康を損なわないというこれまでの環境政策への疑問が、本書の基調をなしています。ヒトへの影響や子宮内環境への影響では、現時点では賛否両論の報告があることをきちんと示したうえで、「明らかな因果関係が認められるまで対策は取れない」という立場を優先するならば、将来の世代に深刻な影響を及ぼす可能性はますます高まってしまうとしています。

特に第8章の「胎児を基準にした環境予防医学は必見です。環境リスクを減らすために予防医学的の対処法の導入を呼びかけています。第一次、第二次、第三次、そしてゼロ次予防、そのための手段として用いられる「リスク・コミュニケーション」など、思わず「そうだ、そうだ!」と何度も肯きながら本を読み進めました。それ以外にも、バイオマーカーを用いた環境影響評価など、専門的に参考に部分も散見されます。

そして、「おわりにあたって」と「あとがき」では、インナースペース(内なる宇宙)と冒頭に掲げられた写真の謎解きとそこに託された思いが示されています。それは本書を購読してご確認ください。

購読に値する本です。