平野 秀樹:森林理想郷を求めて―美しく小さなまちへ 中公新書


森林理想郷を求めて―美しく小さなまちへ (中公新書)

森林理想郷を求めて―美しく小さなまちへ (中公新書)



●レビュー(「BOOK」データベースより)

5000年の都市文明の遷移を生態学的視点から捉え直し、新たな相としての定住スタイルを提唱する。


●目 次

プロローグ 人も企業も森も還っていく/第1章 失われた巨大都市の物語/第2章 森林化社会の海外スケッチ/第3章 日本の森林化社会/第4章 明日の森林化社会/エピローグ 一匹の蜂


●読書のポイント

波長が合うとか合わないとかいうことがあります。本書は、私にとってとても波長の合う本です。リズムとか、底流にある考え方(この本では老荘思想がベースにあります)とか、あるいは言い回しとか・・・。

タイトルに森林理想郷とあるので、「見渡すかぎり森に囲まれた中での原始生活」を想像してしまうかもしれませんが、さにあらず。「小さくコンパクト」な「自然」にめぐまれた「持続的」な社会。いわば、自然界に同化しようとする人類がめざすべき社会について書かれた本です。著者はこの社会を「森林化社会」と称しています。森林化社会は、5000年を数える都市文明を超えようとする新たな社会概念であり、また同時に普通の人が普通の暮らしをする社会でもあるとしています。

今世紀は社会的にも、森林が人間生活にとって欠かすことのできないような次代が来る。そして、人間が森を必要とし、森もまた、人間を必要とするような社会――森林化社会を築き上げる。これが本書の骨格にある考え方です。

本書では、ひとつの提言として江戸の300藩が国土権利の面からすばらしく、森林化社会を考える上で有効だとしています。また、世界各国を訪問し、人々の暮らしぶりを丹念に考察しています。

瑶族、アボリジニ、アオリオリ・・・。そして、エスキモー、ハメリンナ・・・。

多くの国々に出かけるたびに、そこに暮らす人々のさまざまな表情や感情は、少なくとも日本の巨大都市に住む人々よりも多彩で豊かだったと著者には映ったようです。エピローグで、著者はわれわれ日本人につぎのように問いかけています。

一戸建てマイホームに手が届かず、七十平方メートルのマンションに一生暮らすことに甘んじなければならないのか。それとも、通勤片道二時間を仕方ないと受け入れるしかないのか。おしらく人類史上、二十世紀の巨大都市人は、類稀な存在であったと記録に残されるのではないか。文句もいわずに一日四時間も通勤に要し、おまけにわずか一〇坪足らずのマイホームの庭を楽園と呼び、そこをユートピアと信じて疑わなかったと。一戸建ての楽園を手に入れたとしても、相互扶助のコミュニティさえつくりあげられないくたびれた民族だったと。

私たちは、古いものを捨てることが進歩だと信じてきた。伝統的な生き方を尊重し、誇りをもつことより、もっと便利なもの、効率のよいものを生活様式の中にとり入れつづけてきた・・・。時間換算された仕事をこなすために、遠い職場まで通いつめ、流行とされている服を何度も買い直し、楽しい時間を過ごすために、高速道路を車で飛ばし、レストランに通い、ビデオを見て暮らしている。いらなくなったものは、ゴミとしてビニール袋に詰め込んで家の前に出しておけばそれでよい。一見、豊かそうに見える私たちの暮らしだけれど、果たしてそうなのだろうか。

このお盆休みに、こうした問いかけの答えを探すのも一考だと思います。