高橋 裕:都市と水 岩波新書

都市と水 (岩波新書)

都市と水 (岩波新書)



●レビュー(「BOOK」データベースより)

戦後の都市の変貌は、人間と水との関係を大きく変えた。敗戦直後は、荒廃した国土に大水害が頻発した。60年代の人口集中とともに、深刻な水不足に見舞われる。そして現在、人と水の共存を図り、各地で水環境を重視した事業が行われている。人間と水の共存は可能か? 都市化のなかで水環境をいかに守るか? 現状を見すえ、提言を語る。


●目 次

1 水の戦後史(戦後40年の変遷、大水害頻発時代、水不足の時代、水環境重視の時代)
2 都市化と水害の変貌(都市水害の変質―1982年の長崎水害、新しい都市治水、全流域での治水、警報情報システム)
3 水をどう利用するか(節水と渇水、水資源のさまざまな開発と利用、「おいしい水」の秘密)
4 自然の水循環をもとめて(都市化による水循環の変化、農村の変貌と水循環の変化、河川景観と水辺空間)
5 都市化社会の水文化(都市の水文化、隅田川と江戸文化、日本人と水文化)


●読書のポイント

前回紹介した富山和子先生の「緑・水・土」に続いて、ちょっと古い「新書」を紹介します。本書は、治水、利水の立場から戦後の河川環境工学を第一線でリードされた高橋裕先生が、いまから17年ほど前に執筆されたものです。

河川工学の立場から、戦後の河川問題と対策の流れがわかりやすくまとめられています。先週の富山和子先生の本と対にして読むと、水辺環境に関する理解がさらに深まります。

本書では、戦後の河川史を次の3つで区分しています。
 第1期 水害対策(治水の時代)
 第2期 水資源の確保(利水の時代)
 第3期 自然の水循環(水環境の時代、都市の水文化の時代)
それぞれの時代背景や社会環境の変遷が丹念に示されています。

 第1期は、1945年の敗戦の年から、1959年までの15年間で、敗戦後の混乱から復興を経て、高度成長の入口にさしかかる時期。この時期は毎年のように大型台風や梅雨前線豪雨が猛威をふるい、大災害に追われ通しでした。大水害が頻発した時代であり、洪水対策を最優先する“治水”の時代であったと位置づけられています。

 第2期は、1960年から1972までで、高度経済成長期にあたり、日本の経済が急成長を遂げた時期にあたります。大都市への人口集中は地すべり的とさえ言われるほど急激でした。工業生産の飛躍的増大ともあいまって、大都市や工業地帯での水需要の伸びは激しく、各地で水不足の問題が発生しました。そのため、水資源開発が焦眉の急(しょうびのきゅう)となり、国家的にも重点施策として打ち出された“利水”の時代でした。

 同時に、都市化、工業化とともに、大都市を中心に河川や湖沼などの水質が全国的に悪化し、かつて経験したことのない劣悪な水環境に置かれてしまいました。

 第3期は、1973年のオイルショックから現在(1988年)に至る安定成長の時代です。オイルショックがわが国経済に与えた影響は重大で、これを契機に大量消費謳歌が反省され、省資源が奨励されるようになりました。

 一方、70年代になると、高度成長期の大規模開発による環境悪化が重大な社会的課題としてクローズアップされ、開発に対する価値観も変わってきました。高度成長期の開発が、とかく機能主義、経済合理性に偏していたことに対し、ようやく反省の目が光るようになりました。景観を含む水環境への関心が高まり、ウォーターフロント、リバーフロント、水と緑の街づくりが一挙に流行化した時代でもあります。第3期は“水環境”重視の時代と言うことができます。

 第2期に都市化とともに蔓延化した都市水害に対し、第3期においては、堤防やダムなどの河川工事だけではなくて、流域全体を治水の対象としてとらえる総合治水の概念が確立しました。水害対策におけるソフト的対応の意義が問い直されたものもこの時期です。水害に対する住民意識が変わると同時に、その対策においても、水や川に対する行政の転換が見られ、水と日本人との関係は新たな時代に入ったといえるでしょう。

本書が出版された1980年代後半は、私自身も「ウォーターフロント開発」 の仕事に少なからずかかわっていました。当時、「エコロジー」とか「水文化」という言葉に触れて、土木工学は文明づくりを担う分野の学問だと思っていた私にとって、それこそ「カルチャーショック」を受けたことを想い出します。

「文化」といった高尚なものを扱うほど自分は洗練された人間じゃない!なんて斜に構えていましたが、この時期を契機に、より広い社会環境工学への視野が開けていきました。

現在は、第4期として位置づけることができるのではないでしょうか。

第3期に芽生えた「水環境」への取り組みが、単なる流行という一過性の「お祭り」として終わることなく、市民や地域を巻き込んだ永続的な協同事業として定着することに期待したいものです。


そして、第4期の最も特徴的な点は、「人間の立ち位置の変化」だと思います。

第3期まではあくまでも、自然と人間を切り離し、自然(水)を治める、利用する、あるいは親水性のある快適空間を創造するという人間(極論すれば行政)からの一方的なアプローチが主体でした。しかし、現在(これから?)は行政、企業、市民が一体となり、また人間を含めた自然を一つの生態系としてとらえ、水辺環境を有機的に整備していく時期にきていると思います。