富山 和子:水と緑と土―伝統を捨てた社会の行方 中公新書 (348)

水と緑と土―伝統を捨てた社会の行方 (中公新書 (348))

水と緑と土―伝統を捨てた社会の行方 (中公新書 (348))



●レビュー

かつて日本人は自然を愛し自然に対応して生きる民族だった。それがなぜ現在のように自然を破壊するようになったのか。伝統的な自然観との断絶の跡をふりかえり、自然と人間社会とのバランスを崩した土地利用が何をもたらしたのかを、水害、水不足、熱公害、大面積皆伐などの具体的事例から追求する。土壌の生産力こそ真の資源であり、それを失った文明は必ず滅亡するという警告は、日本人に深い反省を促さずにはおかない。


●目 次

序章 自然観の断絶/1 治水の革命/2 不足する水資源/3 水の収奪/4 現代の水思想/5 原点としての明治30年/6 緑の破壊者/7 失われゆく森林資源/8 土壌と文明/9 農業の近代化がもたらしたもの/終章 新しい道を求めて/あとがき 主要参考文献


●読書のポイント

今回は、大物登場です。著者の富山和子さんは、評論家、日本福祉大学客員教授立正大学名誉教授。水問題を森林林業の問題にまで深めたことで知られます。また「水田はダム」の理論を早くから唱えられ、「日本のレイチェル・カーソン」とも呼ばれる環境界の大物です。

その総合的な研究は「富山学」とも呼ばれるそうです。本書は、環境問題のバイブルともいわれています。初版が1974年ですから、すでに30年を超えるロングセラーとなっています。私の入手した本は、2004年6月20日の43版。歴史の重みを感じますね。

本書を読み終えた第一印象は、30年以上前に書かれ本なのに、古くささを全く感じさせないということです。明治後半からの近代化の流れを「伝統的な自然観との断絶」と捉え、その矛盾点を克明に記すアプローチは、現在においてはむしろ新鮮ささえ感じてしまうほどです。

「水問題」というキーワードを手がかりに、自然とのアプローチを「緑」と「土」とのかかわりの中で考察した次の文章が、私の心に強くヒットしました。

 水と緑と土とが一体となって息づいているこの大地から、川と土地とを切り離し、自己に都合のよい単一の用途だけを求めようとしたこの事業の思想とは、生ける有機体である自然をばらばらにし、無機化させる思想であった。
   (中略)
 川の中の水と緑と土とは切り離して扱われ、緑と土はその存在を否定され、水だけが問題にされた。


5月16日には、諫早干拓事業の工事差し止めの中止の判決が福岡高裁で出ました。有明海の漁業不振と干拓事業の因果関係が争点となった裁判ですが、本書を読んで有明海に流れ込む川やその水域の自然環境など全体の生態系をマクロに捉える視点も重要だと感じました。