倉阪 秀史:エコロジカルな経済学 ちくま新書

エコロジカルな経済学 (ちくま新書)

エコロジカルな経済学 (ちくま新書)



●レビュー(「BOOK」データベースより)

地球温暖化酸性雨、大気汚染などは、さまざまな要因が絡み合って生じるため、どれだけの被害を引き起こすのか、予測が難しい。しかも、いったん問題が生じると、人間の生活基盤を破壊する恐れすらある。こうした問題に対し、これまでの経済学はほとんど無力であった。生産と消費において、ごみが出ることを想定していなかったからだ。本書は、主流派経済学のこうした限界を明らかにし、市場経済の活動を妨げることなく環境問題を解決するための、実効性のある処方箋を提示してゆく。経済と環境を両立させるための基礎理論から政策論までを展開した、エコロジカルな経済学の入門書だ。


●目 次

第1章 カウボーイ経済から宇宙飛行士経済へ/第2章 ごみがでない生産と消費の理論/第3章 ごみがでない世界での環境問題/第4章 現実の経済の情景/第5章 ごみがでる生産と消費の理論/第6章 ごみができる世界での環境問題/第7章 新しい理論から導き出される政策の方向



●読後感想

【前書き】

 エコロジカルな経済学って、どのような経済学でしょうか。国際的な学会(国際エコロジカル経済学会)もあり、英語では、関係する論文集や入門書も出版されるようになってきましたが、日本では、まだなじみのない経済学だと思います。
エコロジカルな経済学の第一の特徴は、人間の経済と環境とが相互に関係しあっていることを十分に認識しようとしていることにあります。これまでの経済学は、人間の経済の世界だけで完結する理論を作り上げてきました。これによって、経済学は、抽象度の高い精緻な体系を掌中に収めることができ、「社会科学の女王」と呼ばれるようになったのです。しかし、環境問題は、人間の経済と環境との接点で起こる問題です。このような問題は、自己完結する従来の経済理論では十分に取り扱うことができません。エコロジカルな経済学は、人間の経済を環境に開かれたものと考えて、人間の経済と環境との相互依存関係を把握しようとします。
 第二の特徴は、関連する学問に開かれた形で経済の理論を構築しようとしていることにあります。これは、第一の特徴と密接に関連する点です。人間の経済が環境と相互に関係していることを重視するならば、人間の経済のあり方を考える際には、環境がどのように移り変わるのかを解明するためのさまざまな学問の手助けを借りなければなりません。たとえば、経済の理論は、質量保存の法則やエントロビーの増大の法則など、各種の物理的な法則に則って組み立てられる必要があります。また、生態系への影響は、一定の限度以内なら元通りになるが、一定の限度を超えると元通りにならない場合が一般的だということも十分に認識して経済の理論を考えるべきでしょう。森林から木を一本伐りだしても元に戻りますが、一定の面積以上を伐採すると森林は再生できなくなります。
 第三の特徴は、さまざまなアプローチを許容していることにあります。これは、この経済学がまだ学問体系として未熟であることの裏返しかもしれません。エコロジカルな経済学を志している人々は、各自、さまざまな分析方法を採用しています。数理的な分析を行う人もいますし、制度がどのように移り変わるのかを分析する人もいます。生態学に基礎をおく人もいますし、経済学に基礎をおく人もいます。
 この本では、まず、このようなエコロジカルな経済学という分野が現れてきた背景をできるかぎりわかりやすく伝えたいと思っています。

 (中略)

 この本は、一般の社会人の方や大学の学部生を主な対象として書きました。経済学や環境経済学に触れたことのない人でも、理解できるように、それぞれの基礎的な内容も解説しています。グラフは使いますが、例示をあげながら書きましたので、ふつうの人でも理解していただけると思います。
 わたしとしては、わたしたちの経済が変わっていくべき方向は、論理的に考えてひとつしかないと思っています。その内容がひとりでも多くの人に伝わることを願っています。


この本は一言でいえば、「環境を守るほど経済を発展させる新しいルールに世の中を変えよう」という政策提案の本ということができます。現在主流となっている経済学の限界を示しながら環境問題を解決するためにエコロジカルな経済学を導入しよう、ということが提唱されています。経済学の基本的考え方としては、ケネス・ボールディングの「宇宙船地球号の経済学」がそのバックグラウンドにあります。1960年代に示された「カウボーイ経済から宇宙飛行士経済への移行」の具体的な解説書とみることもできます。

ミクロ経済学の基本から丁寧に解説され、経済学のバッググラウンドがなくてもある程度理解が深まるように組み立てられています。各章での論理的な説明を経て、最終章では著者の政策提案が展開されています。市場経済の働きを妨げることなく環境問題を解決していくための処方箋を示すというのが、著者の目論見といえるでしょう。理論構成がしっかりしているため、その関連づけが容易でわかりやすい点が特徴です。パラダイムシフトと実効性のある手段の両面が示された良著だと思います。

また、学問的に見ても、環境問題をどういう風に経済学に取り入れていくか、というアプローチが示されていて、面白い本だと思います。どこか、高校や予備校で数学(あるいは物理か?)の講義を受けているという感覚にとらわれてしまったのは私だけでしょうか。高校時代に理系の講義が好きだった人には、読みやすい本というのが私の正直な印象です。逆にいえば、理論的な展開はちょっと苦手という人にはとっつきにくい本のようにも思えます。グラフの見方の慣れない人にはちょっとしんどいかもしれません。グラフを見て考え方を丹念にトレースすれば、理解は深まる面白い本であることは間違いないです。そこまで辛抱できるかどうかが評価の別れるところでしょう。



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