養老 孟司:いちばん大事なこと―養老教授の環境論 集英社新書

いちばん大事なこと ―養老教授の環境論 (集英社新書)

いちばん大事なこと ―養老教授の環境論 (集英社新書)



●レビュー内容

環境問題は最大の政治問題であるとする養老流環境論。複雑なシステムである自然を相手にする時は、西欧式コントロールではなく、日本古来の「手入れ」の思想こそ大事とする。著者初の本格的環境論。

「BOOK」データベースより
環境問題のむずかしさは、まず何が問題なのか、きちんと説明するのがむずかしいことにある。しかし、その重大性は、戦争、経済などとも比較にならない。百年後まで人類がまともに生き延びられるかどうかは、この問題への取り組みにかかっているとさえいえる。だからこそ、環境問題は最大の政治問題なのである。そもそも「人間社会」対「自然環境」という図式が、問題を見えにくくしてきたし、人間がなんとか自然をコントロールしようとして失敗をくりかえしてきたのが、環境問題の歴史だともいえる。本書は、環境省「二一世紀『環の国』づくり会議」の委員を務め、大の虫好きでもある著者による初めての本格的な環境論であり、自然という複雑なシステムとの上手な付き合い方を縦横に論じていく。


●目 次

第1章 虫も自然、人体も自然/第2章 暮らしの中の環境問題/第3章 歴史に見る環境問題/第4章 多様性とシステム/第5章 環境と教育/第6章 これからの生き方


●読書のポイント

バカの壁」がベストセラーとなり、一躍有名になった養老猛司先生のユニークな環境論です。先生は、そのときどきに応じて目まぐるしく浮き沈む経済問題やそれに呼応するかのように一喜一憂する政治問題をばっさり切り捨て、「環境問題こそ最大の政治問題である」と言っています。環境問題は特定の国の利害ということでなく人類共通の問題としてもきわめて重要なテーマなのだというわけです。環境問題の専門家では先生が、ご自身の経験や体験を通して感じていることを直感的にまとめた本という印象を受けました。それだけに、問題の本質を突いた鋭い指摘が幾つも登場します。

里山、手入れ、魚付き林など、日本人は長い歴史の中から、自然とうまく接する生き方を身につけていました。しかし、都市化にともない日本人の頭を意識の世界が支配するようになり、自然の生態系を考えない間違った環境主義が横行しているという指摘は傾聴に値します。

本書は、環境問題に興味のある方に、貴重な手がかりを与えてくれる本です。「バカの壁」を読んだときは、正直先生の主張に納得できない部分が多かったのですが、この本でようやく先生の考え方、本音の部分に触れることができたような気がします。これまで他の著書で書かれていたことをもっとかみ砕きわかりやすくした本と見ることもできます。なので、養老先生への入門書として読んだ方がよいかもしれません。話のとっかかりは確かに環境問題ですが、先生の問題意識の焦点は、「環境が破壊されていること」にであるのではなく、むしろその根底にある「現代の人間の考え方」に当てられています。

極言すれば、「現代人の考え方が変だから環境問題と言われるものが起きてるんじゃないか!?」という考えです。

先生の考え方を要約すれば、次のようにことになるのでしょうか。

現代の人は何でもかんでも頭(理論)でわかったつもりになっているが、実際は複雑な自然というシステムを完璧にコントロールすることなんてできやしない。でもそれは、人間が自然に全く手を加えてはいけない、ということではない。生態系全体をシステムとして捉え、その生態系のバランスが崩れないように「手入れ」をしてシステムを保全すべきである。自然とつき合うにはこの「手入れ」的思想が大切である。

こうしたアプローチを個々の問題にどう当てはめていくべきか、その具体策は本書には示されません。養老先生としては、「そんなの当たり前だ!それは読者自身が自分で考えなければ本質的な問題の解決など、望めるわけがないだろう!」という声が聞こえてきそうです。

というのも、本書に関連する談話が日経ビジネス(2005年11月28日号、1ページ)に掲載されており、その最後の部分が次のように締めくくられているからです。

 環境や国土を考えるうえでは、ロマンが必要です。どうやって開発すれば儲かるという視点ではなく、どういう日本にしたいか、人間はどういう所に住むのが快適か、まずはニュートラルに発想すべきでしょう。

 そうした基本的なことを考えもせず、続々と高層ビルを建てる一方で大地震の影に怯えているのが、今の日本です。分かっているのにきちんと考えないし、学ばない。それは何よりの間違いだと思います。

もっともっと考え、学びましょう!